「グリーン家殺人事件」S S ヴァンダイン

グリーン家殺人事件 (創元推理文庫 103-3)

グリーン家殺人事件 (創元推理文庫 103-3)

滅法古い作品なので、埃をかぶってカビ臭いことこのうえないだろうと頁をめくると、これまたどうして現代感覚で言えばもったいつけたような玄学的な言葉遊びを日常の趣味とした犯人解明には頼りにはなるが、友人として交際を結ぶにはいささか忍耐が必要であろうファイロ・ヴァンスが探偵として現れ、標題どおりグリーン家の面々が不幸にもひとりまたひとりと絶命してゆくのだが、トリックの巧妙さよりは、人間心理を基盤とした劇作に、先行して余計な知識があるためにやや既視感を抱きながら真相まで読んだが、悪い気はしなかった。探偵ファイロと助手の位置付けマーカムのやりとりが魅力的であることがその駆動力であるかもしれない。犯人については、疑うべきリストが小さくなることと、私の場合はネタバレになるかもしれないが乱歩の「暗黒星」を読んで以来の教訓があったので目星をつけるのは自然かつ容易であった。こうして考えるに私がこの小説を気に入ったのはキャラクターの魅力に尽きる。ファイロ・ヴァンスを好もしく思ったということだ。膨らますところを膨らませば、もっと生臭く感情を激しく揺さぶる読後感をもたらせたであろうに、杏の香りで立ちきらせたのには、上品なところで終わらせる作者の美学ではないかと思います。オススメ